大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成11年(ヨ)10011号 決定

債権者

中村敏夫

債務者

株式会社アラウン

右代表者代表取締役

荒川八郎

右代理人弁護士

安西愈

込田晶代

石渡一浩

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  債権者

1  債務者は債権者に対し、平成一一年四月から本案第一審判決言渡しに至るまで、毎月四日限り、三三万円宛を仮に支払え。

2  申立費用は債務者の負担とする。

二  債務者

主文と同旨。

第二主張

一  債権者

1  被保全権利について

(一) 債権者は、昭和五七年七月一四日、債務者に雇用され、大阪市北区(以下、略)所在の東洋紡ビル内の日本イビーエム堂島事業所において勤務してきた。賃金は、毎月二〇日締め翌月四日払いであり、平成一〇年五月及び同年六月の平均賃金は三三万〇八四〇円であった。

(二) しかるところ、債務者は、債権者に対し、平成一〇年七月一〇日、同日をもって解雇する旨の意思表示をした。以下、右解雇を「本件解雇」という。

(三) 債権者には、債務者主張の解雇事由はなく、本件解雇は無効である。本件解雇は、債務者における労働基準法違反の事実を隠蔽するためにされたものである。

(四) そこで、債権者は債務者から、平成一一年四月以降、毎月四日限り、各三三万円の支払いを受ける権利がある。

なお、債権者は、平成一〇年七月三一日、本件解雇が無効であるとの理由で地位保全、賃金支払仮処分命令を申し立て(当庁平成一〇年(ヨ)第二二三〇号事件)、同年一〇月二日、債権者が債務者に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める旨、債権者に対し同年一〇月から平成一一年三月まで、毎月四日かぎり三三万円宛の賃金仮払いを命じる旨の仮処分命令を得ている。本件は、右仮処分命令の支払期間経過後の平成一一年四月以降について仮処分命令を求めるものである。

2  保全の必要性について

債権者は、配偶者及び二人の子供との四人家族であり、債権者の収入のほかには、配偶者の収入月額約八万円があるだけである。債権者の収入としては、多少の印税収入があるが、その額はわずかで、新たな出版の予定はない。

支出は、住宅ローン、アパートの賃貸料等の債務を抱えている上、教育費を含む家計費は多大である。そこで、本案判決の確定を持っていては、回復しがたい損害を被ることは明らかである。

二  債務者

1  被保全権利について

(一) 債務者は、債権者に対し、平成一〇年七月一〇日、債務者の就業規則第三一条一号、二号及び四号の規定により、本件解雇の意思表示をした。

右就業規則第三一条は、解雇事由を定めるものであり、一号、二号及び四号の規定は、次のとおりである。

一号 精神または身体上の障害により職務遂行上支障あると認めたとき

二号 倦怠不良で改善の見込みがないと認めたとき

四号 職務遂行能力または能率が著しく劣り、上達の見込みがないとき

(二) 債権者は、病気欠勤、欠勤が著るしく、出勤状況が定まらず、職務遂行上支障を生じており、出勤状況自体勤怠不良といえるが、出勤した際の勤務ぶりについても、その職務である電話受付についてその呼出音が鳴っても即座に処理しようとはせず、他の職員が処理するのを待つなど良好とはいえず、その改善の見込みもなく、職務遂行能力も劣るものであった。従って、債権者には、就業規則第三一条一号、二号及び四号の規定する解雇事由がある。

2  保全の必要性について

債権者は、行政書士、社会保険労務士の資格を有し、債務者に勤務するかたわら、著作活動、講演活動を行って別途収入を得ており、保全の必要性はない。債権者は、収入が少ないといいながら、自宅以外に賃貸料月額一〇万円を超えるマンションを借りて居住しており、その主張は不自然である。その収入を秘しているとしか言いようがない。

第三裁判所の判断

一  次の事実は当事者間に争いがない。

債権者は、昭和五七年七月一四日、債務者に雇用された。債務者は、日本アイビーエム株式会社の電算機部品の運送等を目的とする会社である。債権者は、雇用後、大阪市北区(以下、略)所在の東洋紡ビル内の日本アイビーエム堂島事業所において勤務してきた。

債権者は、平成一〇年七月一〇日、債務者から、本件解雇の意思表示を受けたが、解雇事由は、就業規則第三一条一号、二号及び四号の規定該当するというものである。右規定は、債務者主張のとおりである。

二  そこで、解雇事由の有無について検討する。

1  (書証略)によれば、次の事実を、一応認めることができる。

(一) 債権者の出欠勤状況は別表のとおりである。なお、病気欠勤を「病欠」と、有給休暇を「有休」と略称することもある。

(二) 債務者においては、従業員が病気その他やむを得ない事由により欠勤する場合は前もってその事由と予定日数を所定の様式により事前に届け出なければならず、事前に届け出る余裕がない緊急の場合には電話その他で事前に連絡し、事後遅滞なく届け出なければならないと規定されており、病気欠勤の場合は、診断書を提出しなければならず、また、私傷病、疾病により入院又は自宅療養が必要と認められた場合には、三日の範囲で特別休暇を与えるものとされている。

債権者は平成八年七月、八月、九月、一二月、平成九年一月、五月の各期(いずれも前月二一日から当月二〇日までの期間をいう。以下、同じ)にいずれも三日の病気欠勤をし、平成八年八月期には、病気欠勤以外の欠勤が一〇日ある。債権者は、平成九年七月七日から九日まで病気欠勤したが、これについては、同月九日ハザマ耳鼻咽喉科医院を受診し、同月一〇日、同日付けの同医院医師作成の「慢性咽喉頭炎及び声帯炎の病名で同月九日初診し、同月一〇日も通院した」旨記載ある診断書を提出している。そして、その後、同月一〇日から一二日まで出勤したものの、同月一三日から二〇日まで公休及び夏休みにより出勤せず、同月二一日から同年八月期、九月期、一〇月期と三か月にわたり、診断書を提出するわけでもなく、具合が悪いなどと連絡するだけで欠勤を続けた。そこで、債務者は、同年一〇月二二日、就業規則によって休職を命じるに至った。右休職に当たって債権者が債務者に提出した診断書では、債権者の病名は、声帯萎縮、慢性咽喉頭炎である。債権者は、右休職中、執筆活動に従事し、四冊の書籍を発表している。

(三) 債権者は、平成一〇年四月一四日、債務者から休職期間経過によって退職となるとの連絡を受け、平成一〇年四月二一日、復職したが、同年五月一四日の大阪市立医科大学付属病院医師の診断では視診上咽喉頭に異常を認めないとの結果であった。しかし、債務者が本件解雇の意思表示をするまでの二か月一九日の間に、有給休暇一七日を消化したほか、病気欠勤三日、欠勤一二日で出勤したのは二四日である。右病気欠勤の病名は、筋収縮性頭痛である。

同年五月六日、七日の欠勤は、債権者から病気欠勤の申告がされたが、債権者からは診断書が提出されておらず、病名は不明である。同月二二日は、債権者と債務者との調停事件の期日であったが、債権者は何らの申告をすることなく、全日欠勤した。同年六月四日は、債権者が、大阪地方裁判所に訴えを提起するために欠勤したものである。同月二五日の欠勤は、債権者がその実父を病院へ連れて行くという理由で欠勤したものである。同月三〇日及び同年七月一日の欠勤は、債権者がその実父の病気を理由に欠勤したものである。同月二日は、債権者が債務者との訴訟の第一回口頭弁論期日を翌日に控えていたことから欠勤したものである。同月三日は、債権者が右期日に出頭するために欠勤したものである。同月六日ないし八日は、債権者が、その実父の入院に関して欠勤したものである。債権者は、その実父の病気あるいは入院に関して欠勤する場合、その連絡は単に電話で一方的に連絡するだけで、理由も正確でなく、事後に正確な報告がされたこともない。

なお、債権者は、前述のとおり、復職から本件解雇までの二か月一九日間に、一七日の有給休暇を消化しており、有給休暇の取得は従業員の権利であるというものの、うち六日は、債務者において勤務表を作成した後に申請している。

(四) 債権者は平成一〇年四月二一日から復職したのであるが、同年五月期及び六月期においては、その出勤日数は就業すべき日数の半分以下という状態であって、債務者としては、債権者の勤務を前提とした勤務割りを作成できず、一名を余分に配置した勤務割りを作成せざるを得ない状態であった。そして、債権者の出勤日数が就業すべき日数の半分以下という状態であったことについては、同僚からは強い不満の声が上がっていた。同僚は、債権者の仕事ぶりについても、電話を取るのが遅いなどと批判している。

2  以上に鑑みるに、債権者は、同年五月二二日、同年六月四日、同年七月二日、同月三日と、裁判所に出頭する際、ときにはその準備のためにも、当然のように欠勤しているが、裁判所に出頭するためであっても、欠勤が当然に許されるものではない。右出頭が債務者に対する訴訟等のためであるとしても、常に就業規則にいう「やむを得ない事由により欠勤する場合」に当たるわけではなく、訴状提出のためであれば、必ずしも勤務時間中に出頭しなくてもいいし、期日に出頭することを要するとしても、債権者の住所、勤務場所、裁判所の所在地を考慮すれば、全日休まなければならないものではない。ましてや、翌日の弁論の準備のために欠勤することにやむを得ない事由があるということはできない。債権者は、債務者が裁判関係で債権者が出勤できない日は特別休暇とすることを約したというが、これを疎明する資料はない。してみれば、債権者が裁判所に出頭するとしてした欠勤は、雇用契約上の労務の提供義務を怠るものというべきである。

また、実父を入院させたり、その手術や治療のために欠勤した点については、かかる事由があるからといって、当然に就業規則にいう「やむを得ない事由により欠勤する場合」に当たるわけではない。親族の入院等の緊急事態において入院手続や補助、付添い等を要することは、誰にでもあり得ることであるが、その場合に当然に雇傭契約上の労務提供義務がなくなるものではない。債権者は、同年六月二五日、同月三〇日、同年七月一日、同月六ないし八日と実父の病気や入院を理由に欠勤しているが、有給休暇もあり、欠勤を避けることができたのにあえて欠勤したのであって、その上、欠勤の手続についても、理由を正確に報告しないなど適正でなく、右欠勤についても、雇用契約上の労務の提供義務を怠るものというべきである。

同年五月六日、七日の欠勤は、診断書が提出されていないから、これを就業規則上の休暇である病気欠勤と扱うことはできない。

債権者の労務提供義務の懈怠は、僅かな期間に一二日にも及ぶもので、公休、休暇を除く就業すべき日数三六日の三分の一に及び、また、その仕事ぶりについても、同僚従業員の批判のあるところで、債権者の勤務状況は勤怠不良と評価せざるを得ないものである。そして、債権者提出の陳述書によれば、その欠勤は債権者の勤労に対する考え方から生じているものであり、休業前の勤務状況を含めた諸般の事情を考慮すれば、債務者が債権者の勤怠について改善の見込みがないものと判断したことは首肯できる。

以上によれば、債権者には、就業規則第三一条二号に規定する解雇事由があり、本件解雇を無効とする事由はなく、他の解雇事由について判断するまでもなく、本件解雇は有効である。債権者は、本件解雇が、債務者における労働基準法違反の事実を隠蔽するためにされたものであると主張するが、これを一応にも認めるに足りる証拠はない。

二  以上によれば、債権者の本件仮処分命令申立ては理由がないから、これを却下するものとする。

(裁判官 松本哲泓)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例